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第一日目 — 2002.12.17

右翼、街宣車

朝、10時30分起床。
午後の3時のフライトで名古屋空港までは市内から1時間足らずということもあって、ベトナムの時とは大違いで余裕の起床。昨日連絡があって12時半に栄のオアシス21のバスターミナルで待ち合わせで、40分の空港行きのバスに乗ることになっていた。
昨日の夜、ほぼ荷造りを終えていたので余裕で間に合う時間に起きたつもりだった。
代役を頼んだ Taeching Assistant のことで友達に電話するがつながらず。結局代役の代役をもう一人の友達に頼み、そのことをメールで代役の友達に連絡をして12時前に家を出た。
バス停までトランクを引きずって小走り気味に歩いていると、横を栄行きのバスが通り過ぎる。なんとなくいやな予感。バス停に着くとバスは7分後。う〜ん、微妙。まあ、平日の昼間だから20分もあれば栄までつくだろう、って思ったのが間違えだった。
朝からなにやら外が騒がしいと思っていたのだけれど、バス停でバスを待っていたら、なんと右翼の街宣車が交差点をバスの進行方向に曲がってゆく。しかも、数が半端ではない。その先は道路工事でただでさえ車線が少なくなっているのに。。。それからすぐ来た栄行きのバスに乗り込んだはいいけど、爆音で口上を唱えて、ちんたら走る街宣車に挟まれて超ノロノロ運転。しかも街宣車がバスの前に4、5台割り込んできたり、普通じゃ考えられないことのオンパレード。この調子じゃ12時半に栄に着くのは無理だと判断して、市役所から空港行きのバスに乗ることにして、あいぽんにメールで連絡。
市役所でバスを降りて気がついたのだけれど、右翼の目的地はどうやら市役所だったらしい。市役所、県庁の前には警察と職員とマスコミがたくさんいた。わたしはずっと街宣車と併走して、彼らの主張を聞き続け、目的地に降りたって、全部の街宣車を見送ったことになる。何やってんだか。
空港行きのバスは48分。少し時間がある。
空港行きのバスに乗ると、それにはわたし以外の5人はちゃんと乗っていた。みんなと合流できてよかった。バスの中でわかったのだけれど、上海について下調べをしてきた人がわたししかいないみたい。みんな、修論に忙しくてそれどころではなかったらしい。ガイドブックも空港で買うとエキくんはいっていた。

名古屋空港/飛行機遅延

名古屋空港でJTBのツアーデスクにゆくと、飛行機は遅れ機材使用のため1時間遅れといわれた。どうやらわたしたちが乗る航空機は西安から上海経由で名古屋に来た機材で、中国国内が濃霧で遅れが出ているとのことだった。上海、天気は期待できないらしい。
空港行きのバスの中からわたしがお腹空いた、すいた、といっていたので出発前に空港で何か食べて、本屋に寄ることになっていたのだが、なぜか出国手続きをしてしまい、何にもない名古屋空港の出国ロビーで2時間過ごすことになる。名古屋空港の国際ターミナルは2000年4月にオープンしただけあってきれいなのだけれど、免税店とか少ししかない。食べ物屋さんも売店みたいのが1つしかない。わたしは仕方なく天むす5個入り、640円(消費税かかってないくせに高い!)とミネラルウオーターを買って腹ごしらえをした。ヒデキとエキくんはビールを、あいぽん、はるか、かほはワインを出発前から飲んでいた。ここの売店の売り子のおばちゃんは、注文を取るのに「何が欲しいですか」って訊く変な人だった。
さすがに2時間は長くて本を読んだり寝たりして、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
4時過ぎ、空港に到着して2時間半が過ぎた頃、やっと搭乗手続きが始まる。
今回の飛行機は中国西北航空。9月にベトナムに行ったときの中華航空より明らかに怪しい。機体も小さいし古い。今回も安いツアーだったから期待はしていなかったけどね。

夕日と飛ぶ

座ったのはわたしは羽の付け根の窓側の席。さすがに遅れているだけあって荷物と乗客の乗り込みが終わったらすぐに出発した。滑走を始めたと同時にガソリン臭くなって、この飛行機大丈夫? って本気で思った。16時半、離陸。しかし、自衛隊の戦闘機が着陸するのを待って、その滑走路を利用して走り出した時にはびっくりした。さすが小さな空港。離陸と着陸が同じ滑走路で行われて、しかも自衛隊とも共用だなんて。
天候が悪いせいもあるのか、機体が大きく揺れる。そしてドリンクサービスのオレンジジュースはなぜかパインの味がした。不思議。期待はしていなかったけど、機内食もお世辞にもおいしいとは言えず、、、、でもお腹がすいていたから完食したけど。ただひとつよかったことは、1時間余りフライトが遅れたことで、日没の時間と重なり、しかも西へ向かって飛行していたから、ずっと夕焼けを見ていることができたこと。地球の自転の速さと同じスピードで西へ飛び続けたら、沈まない夕日を見続けられるのかな、なんて思ってみたり。高度が高いと空気が薄いから、レイリー散乱の要因となる空気の粒子や塵・埃が少ない。だから、夕日の赤から青のグラデーションの幅が狭くて、地平線に沿って一筋に伸びている。地上じゃ見られない夕焼けなんだろうな。

雨の夜、上海入り

飛行機の入り口でもらった朝日新聞を読んで一眠りしたら、上海・浦東国際空港に到着。現地時間で17時50分、1時間以上の遅れ。
浦東国際空港は1999年9月にオープンしたばかりでここもとてもきれい。ここ何年かにオープンした空港は白と透明感がキーワードなのかってうくらい印象が似ている。入国審査、荷物の受け取りと待たされてロビーに出る。さらに両替で待たされて、いつの間にか7時を回っている。(あとでガイドブックを見て気が付いたんだけど、中国の5つ星、4つ星ホテルでは24時間両替してもらえるらしい。しかもどこで両替してもレートは同じ。アルバイトのガイドだったからそういうことを教えてくれなかった。)さすが中国人がいくら並んでいても窓口を増やそうとはしない。社会主義の国だ。ワゴンに乗り込んでホテルに向かう。ガイドさんの話ではホテルまで1時間かかるらしい。上海のもう一つの空港、虹橋国際空港だったら泊まるホテルから近かったのだけれど、そううまくはできていないらしい。
空港からホテルまでは雨。しかも夜ときていたので、上海の景色を楽しむこともできず。それでも窓に張り付いていたけど。空港近くの道路脇に植えてあった木が、細くまっすぐな幹に上の方に丸く葉が生い茂っていて、まるで建築模型の木のようだった。そういう模型の木を作っていて、実際にはそんな木はないだろう、って思っていただけに笑った。

上海体育場

ホテルに着いたら8時を回っていた。私たちが泊まるのは上海中心街から少し西の方にある上海体育場に併設された上海富豪東亜酒店 (REGAL SHANHAI EAST ASIA HOTEL) 。併設されたといったら聞こえがいいけど、要は8万人収容のスタジアムの客席下の余った空間に作られたホテル。ガイドの夏さん曰く、国民体育大会を開くのに中国各地からの代表が入りきる会場がなかったから、こんなに大きなスタジアムを造ったそうだ。さすが中国、やることのスケールが違うよ。
夕食はホテル内の中華料理店で食べることにした。思った以上に移動に時間と体力を奪われて、もう外には出たくないと意見が一致したのでホテルのレストランに落ち着いた。それでもエキくんは外に出たそうだったけど。
ホテルのレストランではメニューがよくわからず、注文するのに手間取った。しかし、飲み物にワインが入ったとたん、店員の接客態度が変わった。上海ビールが1本30元(記憶が確かじゃないけど)に対して、ワインは1本130元。たぶん滅多に出ない高級ワインなんだろうな。中華料理はおいしい。大満足で1人70元。中華料理は大人数で食べるのがよい。いろいろな種類のものがたくさん食べられる。しかし、ワインを2本頼んでなかったら、一人30元くらいだったのが何とも信じられない。
帰りに食材の入った水槽を覗いてたら、なんと生きたザリガニを水槽からすくい出してお土産にくれた。もらったはるかも困ったような顔。「おもちゃね。飽きたら殺すだけね。あはは」と笑うレストランのマネージャー。すごい、、、すごいブラックなギャグだ。確かにレストランの水槽にいても最後は殺されて食材として食べられる運命なんだけどさ。

中部国際空港ポスター

2005年、万博と共にオープンする中部国際空港のポスター。名古屋空港は市内から近くて空港使用料が安いところがいいのに、常滑沖なんかにいったらそのメリットなくなってしまうんじゃ? ちなみに万博、愛知の次は上海らしい。上海の空港に大々的に広告してあった。

遅延掲示板

搭乗予定の飛行機が遅延。電光掲示板を撮ったのに画像小さくしたら何が書いてあるのかわからないじゃん。

つかれた人々

待つのは疲れる。

中国西北航空機

乗った中国西北航空機。かなり古い機体だった。窓ガラスが汚れていたのがいただけない。

機内食

お世辞にもおいしいとはいえない機内食。まあこんなもんか。

夕焼け

地平線をまっすぐ伸びた青から赤のグラデーションの帯。

浦東国際空港

浦東国際空港。1999年9月にオープンしたばかりとあってきれい。

ホテル室内

泊まったホテル・上海富豪東亜酒店 (REGAL SHANHAI EAST ASIA HOTEL) の部屋。わたしたちの部屋だけ隣の部屋と通じるドアがなぜかあった。おかげで隣の話し声が丸聞こえ。でも、中国語だったから何しゃべってるか、まったくわからなかったけど。

なすの炒め物

夕食にホテルで食べたナスの炒め物。ナス嫌いのエキくんもおいしいといって食べた。絶品。