F1:終了後のシャトルバスが大渋滞 富士スピードウェイ(毎日新聞)
F1観戦客2万人足止め 富士スピードウェイ(中日新聞)

中日新聞によると、「富士スピードウェイによると、損壊したのは、シャトルバス乗り場と東側ゲートを結ぶ場内走路。公式予選終了後の同日午後3時半ごろ、約50メートル間隔で3カ所、路面に最大直径約1メートルの穴が開いて走行不能になった。」と書かれている。

でもそれがなくても大混乱だったことは確か。

わたしは午前中用事があったので、新松田からの最後から2番目のシャトルバスで富士スピードウエイに向かった。
シャトルバスは、合同庁舎裏→246旧道→246→255→大井松田IC→東名→足柄PE(裏の通用門)→246→147→富士スピードウエイ東ゲートの走行順でした。
行きの渋滞が始まったのは147に入ってから。確かに道路は陥没したかもしれないが、それは午後3時になってから。その前でも充分渋滞していたのですよ。(その渋滞で出ていったバスが戻ってこれなからシャトルバス乗り場で何時間も待たされる人が続出したんです。)
のろのろ運転でゲートをくぐったと思ったら、3車線に別れていて、東1というシャトルバス乗り場へ行くバスだけ行列ができている。なぜか。それは、東1ゲートへ行く道路がバスが1台しか通れないから、交互通行になっているんです。

実際わたしたちの乗ったバスは、交互通行に引っかかり止められ、会場から聞こえてくる予選の実況を聴きながらじっと待つしかなかった。歩けばすぐのところなのに、降ろしてくれない。しびれを切らせた女性が、バス運転手に駆け寄り、その場で降ろしてもらい、サーキット内へ入れたので、予選の2回目と3回目はなんとか見ることができましたが。

とある情報によると、新松田は朝8時にならんで3時間待ちでバスにようやく乗れ、サーキット前の渋滞にはまり、わたしたちと同じように予選を十分に見られなかった方や、予選をシャトルバスの中のテレビで見た方がいらっしゃったようです。かわいそすぎます。

シャトルバスの渋滞はすべて、最大の人をさばく東1乗り場への道路が交互通行だってことに起因すると思います。そのバスの渋滞が、147までつながり、他のシャトルバスの運行にも支障をきたしている。

しかも、その道路か陥没してバスが来なくなったんだったら、さらに状況は悪化。帰りのバス乗り場には人人人の長蛇の列。列が長すぎて、どこが最後の列がわからないくらい。
わたしたちは会場内をくまなく楽しんでから、午後6時半過ぎ、バス乗り場にやってきて、30分並んだけれど、1ミリも進まない。拡声器を持ったお姉さんが何かしゃべっているけれど聞き取れない。列をかいくぐり、近くまでいって聞いてみると、「〜、復旧作業をしている。指定駅以外のバスにも乗車できる」という趣旨のことをいっていた。
何を復旧しているのかはわからなかったが、とにかく待っていてもラチが明かないということで、いったん会場に戻り腹ごしらえをした。この時点で7時。何万人って人が足止めされている。その間、なんのアナウンスもなし。

インフォメーションで聞いてみるも、何の復旧作業をしているのかはわからず、「そういうウワサが立っているようですが、そういうことはありません」とはっきりいわれました。でも実際は陥没してサーキット構内の道路が使えなかったんだですよね。こういうところの連携もうまくいっていないと感じました。

だんだんと寒くなっていったので、F1の歴史みたいなパビリオンで暇つぶし。8時でそこも閉鎖したので、雨に打たれながら、外のベンチで座ってじっと耐えてました。そして、9時になり、東1まで移動。だいぶ人は減っており、それでも新松田行きは長蛇の列だったので、いったんは駿河小山行きに並ぶけれど、御殿場線の終電に間に合いそうにないので、新松田行きにならび替えたのが9時40分。そこから、空バスがバンバン到着し始め、人がはけ始めて、10時にはバスに乗車。でも外で係員の人ともめている人がいてその人のせいで発車が10分遅れる。
それでもなんとか246を通って渋滞もなく、松田まで到着。新松田行き最後のシャトルバスだったからか、バス乗り場より少し手前で降ろしてくれたので、駅までの歩く距離は少し減ったのが救いです。

問題は東1の乗り場までの道路が1車線なので交互通行だってこと。この渋滞がずっと後まで延びてバスが動かなかったのだ。陥没事故があったにせよ、交互通行でさばけるバスの台数ではないってことを関係者には強くいっておきたい。しかも、1車線が陥没して使えなくなったら、それは長蛇の列ができるわけだ。フェールセイフがまったくできていない。
せめて東1には行きバス道路と帰りバス道路の2本を整備しないと来年開催しても今年の二の舞になるんじゃないかと思います。

富士スピードウェイ滞在時間は無意味に長かったけれど、バス待ちの時間はあまりないように動いたのがせめてもの救いかも。